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2012年10月31日

SKD11は何故難削なのかな

 いよいよ明日からJIMTOF2012が始まりますね。始まる迄には例の問題について書いておこうと思っていたのですが、なかなか時間が取れずにこの日がやって来てしまいました。なのでざっくりと要点だけにします。答え合わせはJIMTOFでメーカーさんに聞いてみたい所なんですが、とてもいいタイミングでいくつか仕事を受けてしまったので今年は行けないかも。

 もう一度質問内容を確認しますと

SKD11の研磨
SKD11を SKS向けの
研削砥石で 研削すると
すぐにドレッシングする羽目になります。
何がどう違い そこまでの 差がでてくるのでしょうか?
SKD11と SKS3では 硬さのそこまでの差があるのでしょうか?
どんな要因が 砥石がダメになるまでのそこまでの要因なのでしょうか?

※追記
 焼きが入った状態です。
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SKD11の研磨 - 技術の森


 結論から書くと、組織の硬さの違いに由るものと推測します。此処で云う「硬さ」はHRCのスケールで見た硬さではなく、もっとミクロな組織のもの。


 まず両者の機械的性質のざっくりとした比較ですが、日立金属のカタログから抜き出してみると

表1 工具鋼の諸特性
鋼種標準硬さ
(HRC)
耐摩耗性耐圧性靭性焼入性熱処理歪被削性溶接性
SGT(SKS3)57〜63CB+BCDAB
SLD(SKD11)57〜63AABA+A+BC
SLD-MAGIC58〜62AAA-A+A+A-B

 こんな感じ。一応参考までにSLD-MAGICも並べてみました。ご覧の通り「硬さ」は似たり寄ったりです。その割にはある程度硬さと相関があると言われている耐摩耗性には結構な違いがありますね。この耐摩耗性を担っているのが硬い炭化物組織とかなんとか。そこで化学成分を見てみましょう。

表2 SKS3とSKD11の化学成分
材料記号化学成分 [ wt % ]
CSiMnPSCrMoWV
SKS3 0.90
〜1.00
0.35
以下
0.90
〜1.20
0.03
以下
0.03
以下
0.50
〜1.00
-0.50
〜1.00
-
SKD11 1.40
〜1.60
0.40
以下
0.60
以下
0.03
以下
0.03
以下
11.00
〜13.00
0.80
〜1.20
-0.20
〜0.50
JIS G4404:2006より   

 というわけで大きく違うのはCとCrの量。その他にもSKS3にはWが、SKD11の方にはMoやVが添加されているなどの特徴が見られます。SLD-MAGICの組成は公開されていないので不明です。

 さてではこれらの組成からどんな金属組織になっているのでしょうか。これについては金属熱処理組織写真集東部金属熱処理工業組合)に詳しく載っています。

 特徴的なのはSKD11に見られる粗大な白い塊でしょう。これはCrの一次炭化物だそうです。SKD11には12%前後のCrが添加されていますが、それがこんな塊になって存在しているんですね。このデカイ塊が耐摩耗性に貢献していると同時に被削性を悪くする原因と言われます。一方SKS3の方にはそういった変な塊は無く、炭化物としては細かなセメンタイトが主の様です。Wも硬い炭化物となり得る元素ですが、添加量がそう多くないので影響としては少ないでしょう。

 基地としてのマルテンサイトの硬さは炭素量に大きく依存するそうですが、どちらも飽和量を超えているため両者に違いは然程無いのではと推測します。

 炭化物に関しては(株)タイヘイテクノサービスさんの技術情報「金型材料の選び方と熱処理について」が分かり易いでしょうか。

 SKD11の巨大なアレは、組成としてはM7C3( (Cr,Fe)7C3 )だそうで、こいつの硬さが約 1820 HVほどあるそうです。結構硬いですね。対してセメンタイト(Fe3C)の硬さは1150〜1340 HVとか。クロム炭化物に比べるとずいぶんと軟らかいですね。

 他にも探してみると、新冷間金型材ARK1®の開発[PDF:195KB]では Fe3C:1600HV, M7C3:2400 HVと書いてあります。随分違いますがどっちが正しいんでしょうか?それとも測定条件が違うんでしょうか?

 さて、質問者さんは多分WAか何かの一般砥石を使用されていると思われますが、その砥粒の硬度はどれくらいなんでしょうか。色々と探してみましたがヌープ硬度で2000〜2100 HK くらいの様です(この辺とかこの辺[PDF:911KB]とか)。ヌープ硬度とビッカース硬度は単純には換算出来ないと思いますが、多分 2000 HV 前後ではないかと思います。であれば炭化物の硬度と結構近いですね。

 どうもこの炭化物の硬度と、砥粒の硬度との差が研削比の大幅な違いに関係しているんじゃないかというのが僕の考えです。

 切削と違って研削の場合、砥粒は摩耗してくると微破砕をしたり脱落して新しい砥粒と交代するなどして切れ味を回復する事が出来るので、硬度差がそれ程無くても加工は可能ですが、それでもやはり基本的にはある程度砥粒の方が硬くないと状況としては不利でしょう。

 うちでは普段CBN砥石を使っていますが、その場合SKD11の研削は比較的容易です。これはCBNの砥粒の硬度が4500 HV くらいと段違いに硬い為、SKD11のM7C3型炭化物程度の硬度は然程影響しないんじゃないでしょうか。また硬くて脆い為、鋭利に破砕する事で切れ味が維持される点も貢献しているでしょうか。むしろ軟らかい材料の方がボンドへダメージを与えるためか砥石の摩耗が早まります。

 ところで技術の森の回答の中には「焼入の方が研削比が良くなる」と書かれている物がありますが、これは一般論ではありません。まずあそこで提示された例はCBN砥石を用いたものであり、今回問題とされている一般砥石とは事情が異なります。

 一般砥石(WA)の場合には砥粒の硬度がそれ程高くないので、硬い炭化物が多くあると研削性が悪化すると予想されますが、鉄鋼材料のアブレシブ加工に関する協同研究結果(第3報)[PDF:1,063KB]にもあるように、SKHの様な炭化物による二次硬化を積極的に利用している材料ではやはり生の時に比べて焼入れ焼戻し後には著しく研削比が悪化しています。これは生の時には無かった硬い二次炭化物が焼戻しによって析出する為でしょう。

 それとは逆に硬い二次炭化物ができないSC材やSK材の場合には焼きを入れても研削性が悪化しません。


 さて、ここまで書いておきながら実は重大な問題点があります。それは硬度の比較を常温時の(と思われる)数値で行なっている点

 砥石の周速は切削に比べてかなり高いですが、その為に研削点の温度は条件にも依るでしょうが容易に1000℃を超えるんだとか。なので本来であればこれくらいの温度での硬度を比較をしないと意味無いんじゃないでしょうか。

 これくらいの温度になると恐らく基地組織であるマルテンサイトの硬度は問題にならないくらいに低下していると予測されますが(その為に焼入れと生とで研削性があまり変わらない)、炭化物の方はどうなんでしょうか。何となくセメンタイトの硬度低下は結構早そうな気がしますが、他の炭化物はアルミナ砥粒と似たり寄ったりな感じの勾配なんじゃないかと想像しています。根拠は全くありませんが。その辺が明らかになると信ぴょう性もいくらか高まると思うのですが...


 もう1つどうでも良いことですが、この場合の「頻繁にドレスしなければならない」状態というのは「目詰まり」とは違うんじゃないでしょうか。硬い炭化物によって砥粒が摩耗する事で切れなくなると考えられるので、だとすれば「目潰れ」が正しいでしょう。それを防ぐためには砥石を軟らかくして自生作用を促すと良いのですが、そうすると今度は砥石の消耗が激しくなって結果的に研削比がとても悪くなってしまいます。総量で0.1切り込んだはずなのに0.05しか削れてね〜とかそんな具合に。でもその状態だとある意味連続ドレスしながら削ってるような状態なので「すぐにドレッシングする羽目」には陥らずに済みます。成形研削の時には砥石の形状が保てなくて困りますけど。

 「正確に記載しろよな」と仰ってる当人が不正確と思われる事を書いてたのでちょっと気になりました。


追記 2012.11.02

 1つ書き忘れてたので付け加えると、SKD11の一次炭化物が比較的大きいという事も加工性の悪さに強く影響しているでしょう。特に研削の場合には1つ1つの加工規模が小さいですし。まぁ大体どこでもその様な旨の事は書かれているので今更ですけど。

posted by antec at 21:54 | Comment(11) | TrackBack(0) | 加工理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ところでSKD11と同じようにクロムが沢山入ってる鋼材と云えば身近なのがステンレス鋼だけど、ステンレス鋼にもこんな一次炭化物があるんだろうか。
 http://www.yamco-yamashin.com/products/guide_stainless_steel.html
 大半のステンレス鋼はクロムの量は十分に多いけど炭素量が比較的少ない。そんな中でSUS440は炭素量も多いし、SKD11と成分的に似たような所がある。
 そこで探してみるとやっぱり同じように粗大な一次炭化物が沢山あるようだ。
 http://www.sanyo-steel.co.jp/technology/pdf/14_06.pdf
 (62頁 図16)
 ここでもこの一次炭化物は被削性を悪くするという事が書かれている。なので加工屋にとっては厄介な存在。
 他にもこんな風に炭素とクロムの量がSKD11と近い場合には注意した方が良さそうだ。
Posted by antec at 2012年11月06日 12:59
 非常に参考になりました。
お手数ですが下記の件教えてください。
”SKD11に見られる粗大な白い塊でしょう。これはCrの一次炭化物だそうです。”との記載がありますが、
@一次炭化物とはどのような意味でしょうか?
A二次炭化物と呼ばれるものも存在しますか?
Posted by 安藤 裕規 at 2015年02月13日 09:35
私も金属材料にそこまで詳しく無いので申し訳ないのですが、この辺にもありますように
http://www.daido.co.jp/about/release/2008/0918_dcmx_1.pdf

素材製造時に出来る炭化物を一次炭化物、熱処理などによって生じる炭化物を二次炭化物と呼ぶのだそうです。


http://www.hitachi-metals-ts.co.jp/zatsugaku/tissue.html
一次炭化物は熱処理によって消失しませんが、二次炭化物は熱処理状態により、基地に溶け込んだり、析出したりするとの事です。
Posted by antec at 2015年02月13日 12:26
この間、30×40×60くらいの小物ですが、2.5mmを研削で落としてと言われて、単結晶アルミナでやってみたら狙い+2μmくらいで一気に削れてしまったことがあります。
材質はSKD11で硬度不明、低温焼戻しの品でした。
通常回ってくるSKD11のものはHRC58付近で高温焼戻しなのですが、こちらでは何回やっても再現不可。砥石のほうがよく削れていきます。
素地の靭性が低いからでしょうか?とても不思議です。
Posted by べる at 2015年06月16日 21:05
無理矢理こじつけて考えてみたんですが、本当の所はさっぱり分かりません。
仰るように素地の靱性なども影響としては有りそうですね。
Posted by antec at 2015年07月17日 19:30
砥石の自生作用なんて実際は極僅かです。CBNは面粗さが粗くなっていき普通砥石は良くなっていくだけです。あなたにとって研削加工とはドレスした砥石切れ刃のワークへの忠実な転写をゴールと考えていないことは感じました。あなた言う自生作用とは微細発刃とは異なります。あなたの加工の仕方はワークと砥石の毟り合いです。そんなワークは寸法、面粗さが出ていても悪いですよ。なぜ悪いか説明が必要ならばあなたの知ってる研削加工に詳しい人に聞いてください。
Posted by at 2016年08月27日 00:55
コメント有難うございます。
本業の方からすれば、我々のやっている事などは出鱈目も良いところなのだと思います。図面上は研削の指示があっても、面倒だから切削で出来ない?という感じで依頼されるような程度の物ですから。

「なぜ悪いか」というのは恐らくSSDの事を仰りたいのかと思いますが、肝心な所の説明を他人に丸投げしてしまうのは良くないですね。
偉そうな事言う割には本当の所よく分かっていないんじゃないの?という印象を与えます。<まぁ自己紹介ですが。
Posted by antec at 2016年08月27日 09:59
若干補足しますが、時々耳にする、「切れない刃物で加工した面は良くないという」という論について、私は否定的な考えを持っています。というのも機械的な除去加工ではバニシング作用等による加工変質層の硬化や圧縮残留応力の増加が製品寿命の向上に寄与する事もよくあるので、切れるから良いとか切れないから悪いといった事で単純に済ませられる事では無いと思うからです。
そういった事から「ドレスした砥石切れ刃のワークへの忠実な転写をゴール」という考えはありません。それが製品の良し悪しには直結しないという考えです。

また品質保証の観点から、測れない物についてどう保証するのかという点で、私自身は測れないものは加工出来ないのと同義だという考えを持っています。
サーフェスインテグリティについて、それを請負加工の中でどう対応していくかというのは、まずどうやって評価するのか、それが出来ない事には成り立たないと思っていますから、安全寄りに考えれば、加工者としては健全な加工を目指す事は当然としても、それを出来ますという所まではなかなか辿りつけて居ないと思います。
Posted by antec at 2016年08月29日 12:44
 日立金属技報2017に炭化物なんかよりもずっと大事なのが、特殊鋼と潤滑油の相互作用だという「炭素結晶の競合モデル」ってのが載っていたぞ。
Posted by トライボロジーマニア at 2017年03月04日 21:54
 トライボシステムの展望が見えてきたという感じですね。低フリクション設計で自動車の燃費なんかにも寄与するんじゃない?
Posted by オイルマン at 2017年03月04日 23:03
 やっぱり産業機械の国の競争優位性は境界潤滑をどう制御するかにかかっていて
ドイツ車のダウンサイジングの嵐も、結局ピストンピンにDLCだった。しかしこれは違う。潤滑システムを見直せと言っている。自分の担当の部品だけに固執して表面硬度
をガンガン上げて、相手材を破壊したり、循環システム全体にナノダイヤをまき散らすのは良くないといっているのだ。つまりドイツ方式の部分最適化ではなく全体でドイツを上回るエンジンを作れる展望を示しているのだと思う。
Posted by エンジンメカニック at 2017年03月19日 14:03
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