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2012年10月18日

コーティングの役割

 今日近所のフライス屋さんから聞かれた事。

「HRC60くらいのを超硬エンドミルで削ってたんだけど、数千個くらいで刃が傷んで来たので再研に出した。それ使って同じように加工したら1個でダメになったけどなんで?刃の研ぎでそんなに違うもん?」

「それコーティングしなかったからでしょ。」

 色々話していると、どうもコーティングが硬いから削れると思ってる節があるけどそうじゃないと思う。切削工具のコーティングはTiNに始まって、TiCN、TiAlN、さらにはSiやCrを添加するものなどへと進化してきた。それ以外にも構造的な面での進化も大いにあるが今回は割愛する。

 コーティングの主目的は刃の摩耗を抑える事だから確かに硬い事も重要だけど、それだけでは焼入れ鋼を削るには不十分。硬さだけならTiNやTiCNだって良いはず(物にも依るけどTiCNの硬度はTiAlNを上回る)だけど、実際にはTiAlN以降でないと実用的でない。何故か。

 TiNやTiCNと、TiAlN以降のコーティングで何が違うのかと言うと、それはやっぱり耐熱性でしょう。

 ところで超硬の耐熱温度はどれくらいだろう?例えばこの辺だと800〜1000℃くらいまで硬度を保つと書いてある。本当か?

 別の資料もあたってみる。High Speed Machining of Aero-Engine Alloys [PDF:592KB] には「Softening Point Temperature 1100℃」とある。でもその横のグラフを見ると1100℃では400HVくらいまで落ちてそうに見える。こっちのグラフも1000℃までしかプロットしてないけど、やっぱり下がってるよね。まぁ確かにハイスのように急激に硬度低下をしてないから、踏ん張ってるとは言えるかも知れないけど。

 まぁでも基本的には削ってる時に被削材と工具との硬度差が十分にあるかどうかが重要なので、ある程度の切削温度では超硬の硬度低下に比べて鋼の硬度低下の方が激しいだろうから、400HVでも十分なのかも知れない。相手が耐熱合金とかだと厳しいかも知れないけど。

 なんだ、超硬も結構な温度に耐えられるじゃん。と考えるのは早計。実は温度によって軟化するよりも先に、酸化によって脆くなるからだ。

 超硬はWCの微粒子をコバルトで固めた構造をしている。このコバルトが案外酸化に弱い。超硬合金と焼結硬質材料 : 基礎と応用, 鈴木壽編著, 丸善, 1986.2 に拠れば約300℃くらいからCoの酸化が始まり、WCは約700℃から酸化し始めるらしい。

 バインダであるコバルトが酸化するとWCとの結合が弱まり、WCの粒子を保持できなくなって脱落する。だからノンコートの超硬では酸化劣化してしまうので刃先温度800℃とかには耐えられない。本来ならある程度の硬さを維持できる温度であるにも関わらず。

 よくTiAlNの登場によって高速加工が飛躍的に進歩したと言われるのは、このTiAlNが800℃というかなり高い耐酸化性を持っているからだ。また最近では1100〜1300℃という更に高温まで耐えられるコーティングが登場し、より一層高硬度材の加工が行えるようになった。たかだか数ミクロンの厚みしかない皮膜であるが、それでも超硬を酸化から守るという面で非常に重要な役割を果たしている。酸化から守ってもらえるお陰で超硬本来の高温硬度を活かす事ができると云うわけだ。

 焼入れ鋼を削る場合には切込み量や周速がそんなに高くなくても生材を削る時と違ってかなり高温になりやすい。この事からコーティングがなかった再研品ではあっという間に刃が参ってしまったんだろうと推測する。

 こんな耐熱コーティングも母材がハイスだと耐熱性の向上という面では殆ど意味は無い。いくら表面の皮が突っ張ったところで母材がヘタレてたら無理だから。WXLやATコートといった耐酸化温度1100℃を謳うコーティングを施したハイスエンドミルが市販されているが、よく見るとカタログ条件の切削速度は従来(TiCNやTiN)の物と大差無いのがそれを示している。超硬エンドミルがコーティングによって格段に高速加工性能が向上したのと比較すると対極的だ。

 だからハイスへのコーティングの目的は耐熱性向上よりも溶着(構成刃先)やアブレッシブ摩耗への効果の方が主なんだと思う。超硬ではほぼ絶滅したTiNやTiCNがハイスではまだまだ主流で頑張ってるのもその変の事情があるからだろう。尤もAlCr(Si)Nは耐熱性以外の面でもTiNやTiCNより優れている所があるから、まるで無意味だとは言わない。


 という風に考えると辻褄が合う気がするがどうだろうか。



 もしかしたら物凄く研ぎが悪いという可能性も無くはないが、しかし底刃だけの再研で流石にそれは無いと思いたい。

タグ:工具 hsm
posted by antec at 20:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | 工具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 今月の、「プレス技術」を読みましたが、日立金属さんの冷間工具鋼、SLD−MAGICのトライボロジー特性は凄いですね。微量の油をぬったセミドライ状態で、摩擦させるとまるでDLCのような自己潤滑性が出るなんて。コーティング費用分コストパフォーマンスが良く、いろんな転動・摩擦・摺動部品にも使えそうだ。
Posted by 素形材技術者 at 2013年01月20日 11:59
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